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松平忠馮 まつだいら ただより

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

松平忠馮 まつだいら-ただより

1771-1819 江戸時代後期の大名。
明和8年5月6日生まれ。松平忠恕(ただひろ)の6男。寛政4年肥前島原藩(長崎県)藩主松平(深溝(ふこうず))家第2次2代となる。眉山(まゆやま)崩壊後の復旧や長崎警備のため,生蝋(きろう)の専売強化,家臣の削減などの諸改革をおこなう。藩校稽古(けいこ)館を設立した。文政2年1月28日死去。49歳。通称は秀太郎,又八郎。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典内の松平忠馮の言及

【島原藩】より

…肥前国(長崎県)南高来郡島原に藩庁を置いた譜代中藩。戦国時代この地方を領有した有馬氏は,1614年(慶長19)直純のとき日向延岡に転封となり,代わって16年(元和2)大和五条より松倉重政が入封した。石高は4万石。重政は入部後,島原に新しく森岳城を建設し城下町を整備して藩政の確立につとめる一方,過酷な年貢増徴策とキリシタン弾圧を開始した。そのため37年(寛永14)子勝家のとき島原の乱が勃発し,翌38年勝家は改易となった。…

※「松平忠馮」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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