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松平頼徳 まつだいら よりのり

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

松平頼徳 まつだいら-よりのり

1831-1864 幕末の大名。
天保(てんぽう)2年4月3日生まれ。松平頼位(よりたか)の長男。弘化(こうか)3年父の隠居により常陸(ひたち)(茨城県)宍戸(ししど)藩主松平(水戸)家9代となる。天狗(てんぐ)党の筑波山(つくばさん)挙兵に際し,水戸藩主徳川慶篤(よしあつ)の名代として鎮撫にむかうが,諸生党に抵抗され那珂湊(なかみなと)で戦乱にまきこまれる。幕府に弁明しようとして捕らえられ,元治(げんじ)元年10月5日自害。34歳。字(あざな)は伯生。号は繍山。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

松平頼徳

没年:元治1.10.5(1864.11.4)
生年:天保2.4.3(1831.5.14)
幕末の水戸藩支藩宍戸藩(茨城県友部町)藩主。弘化3(1846)年父頼位の隠居により家督相続,1万石を領した。元治1(1864)年水戸藩士藤田小四郎ら天狗党が,幕府に攘夷決行を迫るため筑波山に挙兵,これに対し同藩市川三左衛門ら諸生派が江戸より水戸城に入って対立。幕府は水戸藩主徳川慶篤に天狗党鎮圧を命じ,頼徳が目代で江戸にいる尊攘派の水戸藩士らを率いて出陣,しかし水戸城に入れず那珂湊に赴いたところへ天狗党が合流し諸生派と交戦となる。そのため幕府に事情を説明せんとしたが容れられず捕らえられ,切腹を命ぜられた。<参考文献>『水戸市史』中巻5

(上野秀治)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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