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松平頼恕 まつだいら よりひろ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

松平頼恕 まつだいら-よりひろ

1798-1842 江戸時代後期の大名。
寛政10年6月22日生まれ。常陸(ひたち)水戸藩主徳川治紀(はるとし)の次男。松平頼儀(よりのり)の養子となり,文政4年讃岐(さぬき)高松藩主松平(水戸)家9代。砂糖為替金仕法をさだめ,塩田開発や節約の励行など天保(てんぽう)の改革をおしすすめた。「歴朝要紀」を編修して朝廷に献上。天保13年4月6日死去。45歳。通称は昶之助。号は南溟。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

松平頼恕

没年:天保13.4.16(1842.5.25)
生年:寛政10.6.22(1798.8.4)
江戸後期の讃岐国高松藩(高松市)藩主。江戸生まれ。通称は幼名熊次郎,のち昶之助。左近衛権中将に任ぜられる。父は水戸藩主徳川治紀。母は家臣中山氏の娘。文化12(1815)年高松藩主松平頼儀の養子となり,文政4(1821)年頼儀隠居により12万石を継ぐ。藩の財政が窮乏していたため,会計に家老木村亘(黙老)を登用し徹底的な倹約と経費節減を行った。塩田の開発を行い,また天保6(1835)年には当時一級品であった砂糖の取引を円滑化するため砂糖為替の法を定めた。これら財政立て直しの一連の政策を「天保の改革」と呼ぶ。学問にも熱心で,水戸の学風を継ぎ史書『歴朝要紀』を編纂し,朝廷に献上した。

(小柴良介)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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