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松永長頼 まつなが ながより

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

松永長頼 まつなが-ながより

?-1565 戦国時代の武将。
内藤如安(じょあん)の父。兄松永久秀(ひさひで)とともに三好長慶(ながよし)につかえ,天文(てんぶん)22年丹波八木城(兵庫県)城主となる。永禄(えいろく)8年8月2日荻野直正(おぎの-なおまさ)の丹波黒井城を攻撃中に戦死。通称は甚介。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

松永長頼

没年:永禄8.8.2(1565.8.27)
生年:生年不詳
戦国時代の武将。大和多聞山城(奈良市)城主松永久秀の弟。通称甚介。備前守。入道して蓬雲軒宗勝と号す。天文18(1549)年6月,摂津江口の敗戦で細川晴元政権が崩壊したのに伴い,京畿方面で三好長慶の進出が目立ったが,長頼は長慶の被官として幕府領(旧禁裏領)の山科七郷を押領した。翌19年10月に長慶が将軍足利義輝と戦った際には,醍醐から迂回して近江大津,松本に進撃して集落を焼き払い,義輝を坂本へ退却させた。同20年7月の晴元軍との戦いでは,兄久秀と共に相国寺に拠る三好政勝らの軍に猛攻を加え,丹波へ敗走させた。同22年9月には丹波方面の司令官となり八上城(兵庫県篠山町)を包囲。この攻撃中に岳父の内藤国貞が晴元の攻撃で八木城に敗死すると,残兵を糾合して1日で八木城を奪回,この軍略によって一躍長慶重臣にのし上がり,丹波一国をあずけられた。以後,八木城主として国貞の遺児千勝丸を後見した。後年の久秀の台頭は,実は弟長頼の軍略と勢威に多くを負っている。その後口丹波と奥丹波を領域に収め,十余年同地域の安定を保ち,京都の儒者清原宣賢より「丹州太守」と呼ばれた。しかし永禄7(1564)年7月長慶が死し,翌年5月将軍義輝が三好三人衆によって暗殺されるにおよんで丹波支配も動揺し,同年8月丹波黒井城を包囲中,城主赤井(荻野)直正の逆襲によって戦死,松永軍は丹波氷上郡内で崩壊し,丹波は三好氏の分国を離脱した。有名なキリシタン大名内藤如安は遺子。<参考文献>今谷明『戦国三好一族』

(今谷明)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の松永長頼の言及

【丹波国】より

…旧国名。丹後とあわせ丹州という。現在の京都府中部,兵庫県東部。ほとんどが丹波高地とよばれる山地から成り,平地は亀岡盆地,福知山盆地などごく少ない。
【古代】
 山陰道に属する上国(《延喜式》)。国名は,《古事記》では旦波,丹波が併用されており,《日本書紀》ではすべて丹波である。藤原宮跡出土木簡では例外を除いてすべて丹波であるから,おそらくは大宝令の制定・施行とともに丹波に統一されたと思われる。その名の由来は,《和名類聚抄》が〈太邇波(たには)〉と訓(よ)んでおり,田庭の義であろう。…

【松永氏】より

…戦国末期の武家。出自は阿波,山城西岡,摂津五百住などと諸説あるが,いずれも口碑の域を出ず未詳。しかし松永久秀の伯祖母妙精が播磨出身であることはほぼ確実。1533‐34年(天文2‐3)ころ久秀は三好長慶(ながよし)の右筆となり,42年には武将として南山城に進駐。弟の長頼は軍事的才幹に恵まれ,49年長慶の入京に伴って山科,大津方面の抑えを任され,53年には丹波八木城を陥れて丹波一国の支配を任され,守護代内藤家を継承した。…

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