松連寺跡(読み)しようれんじあと

日本歴史地名大系 「松連寺跡」の解説

松連寺跡
しようれんじあと

[現在地名]日野市百草

浅(あさ)川の下流、川崎街道を見下ろす高台にあった寺院。黄檗宗江戸白金瑞松(しろかねずいしよう)(瑞聖)寺末寺。慈岳山また枡井山と号したといい、八幡宮の別当寺であった。創建の年代などつまびらかでないが、享保六年(一七二一)小田原藩主大久保忠増の室寿昌院によって中興された(風土記稿)。「風土記稿」によると、元禄一三年(一七〇〇)当寺の旧境内の小字仁王塚(におうづか)から三基の経筒が発見されたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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