松野菊太郎(読み)マツノ キクタロウ

20世紀日本人名事典 「松野菊太郎」の解説

松野 菊太郎
マツノ キクタロウ

明治〜昭和期の牧師,社会事業家 日本基督教会同盟幹事。



生年
慶応4年1月23日(1868年)

没年
昭和27(1952)年1月25日

出生地
甲斐国八代郡下曽根(山梨県東八代郡中道町)

学歴〔年〕
東京商業学校

経歴
明治18年より東京商業学校に学び、21年に渡米。22年サンフランシスコでキリスト教に触れ、M・C・ハリスから洗礼を受けた。ハワイ伝道したのち27年に帰国し、河辺貞吉・笹尾鉄三郎らと「小さな群」を結成してリバイバル伝道を行った。その後、甲府水戸布教に従事したのを経て39年霊南坂教会副牧師となり、次いで40年麻布クリスチャン教会牧師に就任。その温厚な人柄と敬虔な信仰心から信徒たちに慕われ、日本日曜学校協会理事・日本基督教会同盟幹事・全国協同伝道の日本継続委員・教文館総主事などを歴任した。また社会福祉活動にも当たり、42年報恩会を組織して結核患者の支援と慰問を行った。昭和19年に引退。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「松野菊太郎」の解説

松野菊太郎 まつの-きくたろう

1868-1952 明治-昭和時代の牧師。
慶応4年1月23日生まれ。明治22年サンフランシスコのメソジスト教会でM.C.ハリスより受洗。帰国後河辺貞吉(ていきち)らと「小さき群」を結成して伝道。40年麻布(あざぶ)クリスチャン教会(現日本基督(キリスト)教団聖ケ丘(ひじりがおか)教会)牧師となる。日本基督教会同盟幹事。昭和27年1月25日死去。84歳。甲斐(かい)(山梨県)出身

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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