松陰寺跡(読み)しよういんじあと

日本歴史地名大系 「松陰寺跡」の解説

松陰寺跡
しよういんじあと

[現在地名]福井市角原町

角原つのはらの東南部山麓にあった寺。曹洞宗龍沢りゆうたく(現福井県金津町)の末で、本尊釈迦如来開山の大初継覚(応永二〇年没)御簾尾みすのおの龍沢寺梅山の弟子。「日本洞上聯灯録」には波多野氏および朝倉氏を檀那として創建されたとあるが、一説に当地の地頭山内筑後守の菩提寺ともいう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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