林新村(読み)はやししんむら

日本歴史地名大系 「林新村」の解説

林新村
はやししんむら

[現在地名]富山市百塚(ひやくづか)・長岡(ながおか)

呉羽山(くれはやま)丘陵の北麓、牛(うし)ヶ首(くび)用水の支流の分岐点に位置し、西は同用水を挟んで針原新(はりわらしん)村。針原村の枝村で、村名は、古く樹木が鬱蒼たる山林であった所を開拓したことに由来する(婦負郡志)。婦負郡に属し、富山藩領。承応四年(一六五五)の村御印では針原林新村と記され、草高一三石余(蔵入)・免八歩(村々御印物等書上)。


林新村
はやししんむら

[現在地名]福光町林

舘新(たちしん)村の南にある。延宝六年(一六七八)在房(ありふさ)村宇兵衛が鍛冶(かじ)村の内に新開、貞享二年(一六八五)に村立てされた(出来新村・退転村記申帳)。三箇国高物成帳には延宝六年の畑開高として一八石余とある。文政八年(一八二五)には太美組、天保一〇年(一八三九)には井口組に属した。


林新村
はやししんむら

[現在地名]高岡市林新

千保(せんぼ)川と庄川に挟まれ、上黒田(かみくろだ)村の南方に位置。宝永三年(一七〇六)上黒田村領で五二石の新開が行われ、林開と称されていた(「高免等書上帳」折橋家文書)。享和二年(一八〇二)高五二石・免三ツ九歩で村立てした(高岡市史)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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