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林桜園 はやし おうえん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

林桜園 はやし-おうえん

1798-1870 江戸時代後期の国学者。
寛政10年生まれ。長瀬真幸(まさき)に師事。神道による治世をとなえ,尊王攘夷(じょうい)を説く。私塾原道館をひらき,門人に宮部鼎蔵(ていぞう),河上彦斎(げんさい),太田黒伴雄ら。その思想は肥後勤王党,神風連の原点となった。明治3年閏(うるう)10月12日死去。73歳。肥後(熊本県)出身。名は有通(ありみち)。通称は藤次。別号に千葉城老人。著作に「昇天秘説」「宇気比考」など。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

林桜園

没年:明治3.10.12(1870.11.5)
生年:寛政10(1798)
幕末の国学者。熊本藩士。名有通,通称藤次,桜園は号。林又右衛門通英の3男。藩学に学び,長瀬真幸について国文を修め,家塾を開いた。博覧強記で国学,神道,儒学,仏典,天文,地理,医学などあらゆる学問に通じた。思想的には尊皇攘夷の説を抱き,水戸に藤田東湖をたずねた。門人は1400人に達したといい,横井小楠,吉田松陰,大田黒伴雄らが門人にいる。慶応2(1866)年侍読となり,明治1(1868)年藩校時習館の助教となる。生涯独身であった。主な著書に『昇天秘説』『宇気比考』などがある。

(飯倉洋一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の林桜園の言及

【太田黒伴雄】より

…1869年(明治2)新開大神宮神官太田黒伊勢の養子となり,73年祠官となる。国学者林桜園に学び,〈わが古俗を尊び,欧風日々に我国に伝承せらるるを不快〉として,73年ごろ神道主義的保守政治をめざし神風連(敬神党)を組織。76年佩刀(はいとう)禁止令に反対して,10月24日同志170余名と熊本に挙兵(神風連の乱),鎮台司令官,県令を斬ったが,みずからも傷を負い同志数人と自刃した。…

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