改訂新版 世界大百科事典 「河上彦斎」の意味・わかりやすい解説
河上彦斎 (かわかみげんさい)
生没年:1834-71(天保5-明治4)
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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幕末尊攘(そんじょう)派の志士。熊本藩の下級武士。別名高田源兵衛(こうだげんべえ)、維新後は玄明。小森貞助の子、河上源兵衛の養子。1862年(文久2)上京して尊王攘夷(じょうい)運動に奔走する。翌年藩選出の御親兵となって朝廷の警衛に従事。この年三条実美(さねとみ)らの七卿(しちきょう)落ちに際し七卿を警固して下り、長州藩に居住する。64年(元治1)公武周旋を図る佐久間象山(さくましょうざん)を、開国論者として京都三条木屋町で同志とともに暗殺した。この後長州藩に属し鴻城(こうじょう)軍幹部として活躍するが、やがて帰藩し投獄される。68年(明治1)出獄して明治政府に任官するが、ほどなく辞任し、長州藩脱隊騒動主謀者をかくまった罪で71年12月東京で死刑に処せられた。
[広田暢久]
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