改訂新版 世界大百科事典 「柘枝伝説」の意味・わかりやすい解説
柘枝伝説 (つみのえでんせつ)
日本の神婚伝説の一つ。《柘枝伝》という書物もあったらしいが,今に伝わらない。《万葉集》巻三に〈古(いにしえ)に梁(やな)打つ人のなかりせばここにもあらまし柘(つみ)の枝はも〉を含む関連歌3首があり,《懐風藻》の詩や《続日本後紀》巻十九所載歌の断片的な言及から,およそのプロットは知られる。大和国吉野川で漁を業とする味稲(うましね)という男が,ある日梁にかかった柘(山桑)の枝を拾い取ったところ美女に変じ,相愛(め)でて結婚した。天女と結婚したことが理由であろうか,その後とがめを受け,ともに毗礼衣(ひれごろも)を身につけて昇天したという。味稲が柘枝仙媛(つみのえのやまひめ)に与えたという《万葉集》の〈あられ降りきしみが岳を険(さが)しみと草取りかなわ妹が手を取る〉の歌は,《肥前国風土記》逸文に〈杵島曲(きしまぶり)〉とある民謡であり,《古事記》仁徳天皇条の速総別(はやぶさわけ)王と女鳥(めどり)王の物語中にも類歌がある。いずれ,養蚕に必要な山桑を神聖な木とする信仰や,吉野を神仙境とする観念と,羽衣(はごろも)伝説などが結びついて織り成された伝説であろう。
執筆者:井村 哲夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報