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柳水亭種清 りゅうすいてい たねきよ

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

柳水亭種清 りゅうすいてい-たねきよ

1823-1907 江戸後期-明治時代の戯作(げさく)者。
文政6年10月15日生まれ。江戸の人。時宗の僧であったが,寺を追われて河竹黙阿弥に入門,能晋輔(のう-しんすけ)の名で歌舞伎脚本をかく。のち柳下亭種員(たねかず)にまなび,おおくの合巻をあらわした。維新後,僧に復帰。明治40年3月20日死去。85歳。通称は桜沢堂山。作品に「旅雀我好話(たびすずめあいやどばなし)」「白縫譚(しらぬいものがたり)」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

柳水亭種清

没年:明治40.3.20(1907)
生年:文政6.10.15(1823.11.17)
幕末明治期の草双紙合巻作者。通称は桜沢堂山。江戸生まれ。もと僧侶で,河竹黙阿弥の門に入って狂言作者となり,その後柳下亭種員に入門して戯作者となった。歌舞伎を合巻に引き写した所謂正本写しの作が多い。長編合巻の合作者として『白縫譚』(合巻中の最大長編全90編中の66~71,73~90編),『北雪美談時代加賀美』(45~49編)の作者として知られる。明治に入ってからの作品では,奉公人が主家の乱れを憤って刃傷沙汰におよぶ『五人殲苦魔物語』(1879),新吉原松葉屋の遊女と旧幕臣との維新後の悲恋をえがいた『艶娘毒蛇淵』などがある。典型的な合巻作者の生涯であった。晩年は僧職に復し,住職として没した。<参考文献>おおさわ・まこと「柳水亭種清の研究」(『江戸芸文叢』1,2号)

(本田康雄)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

世界大百科事典内の柳水亭種清の言及

【児雷也豪傑譚】より

…合巻。美図垣笑顔(みずかきえがお)・一筆庵主人・柳下亭種員(たねかず)・柳水亭種清の嗣編合著。歌川国貞(のち3世豊国と改名)・国輝・国盛・2世国貞・国芳・芳房・芳幾画。…

【白縫譚】より

…合巻。柳下亭種員(たねかず)・2世柳亭種彦・柳水亭種清の嗣編合著。3世歌川豊国・2世国貞・芳幾・守川周重・楊洲周延画。…

※「柳水亭種清」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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