合巻(読み)ごうかん

精選版 日本国語大辞典 「合巻」の意味・読み・例文・類語

ごう‐かん ガフクヮン【合巻】

〘名〙 近世、文化・文政(一八〇四‐三〇)期以降、近代初頭まで流行した草双紙の一種。従来五丁一冊であった草双紙を一五丁または二〇丁で一冊としたもの。毎丁絵入りで平易な筋をもつものが多く、演劇の趣向を取り入れたものも多く見られる、伝奇的な絵画娯楽小説。作者には、柳亭種彦曲亭馬琴山東京伝などがあり、絵師には歌川国貞勝川春扇などの浮世絵師がある。合巻絵草紙。合巻本合巻物
滑稽本浮世風呂(1809‐13)二「合巻(ゴウカン)とやら申す草双帋が出るたびに買ますが」

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デジタル大辞泉 「合巻」の意味・読み・例文・類語

ごう‐かん〔ガフクワン〕【合巻】

江戸後期、文化年間(1804~1818)以後に流行した草双紙の一種。それ以前の黄表紙などが5丁1冊であったのを、数冊合わせて1冊とし、長いものは数十冊にも及ぶ。内容は教訓・怪談・敵討ち・情話・古典の翻案など多方面にわたり、子女のみならず大人の読み物としても歓迎された。作者に柳亭種彦曲亭馬琴山東京伝らがいる。合巻本。

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改訂新版 世界大百科事典 「合巻」の意味・わかりやすい解説

合巻 (ごうかん)

江戸の草双紙(くさぞうし)の一種。草双紙が赤本,黒本・青本,黄表紙と進展した系統を受け,教化性と伝奇色を強めて,近世後期に盛行した。体裁は美濃紙半截二つ折り,1巻5丁単位で数巻を合冊,当初は絵題簽(だいせん)貼付表紙を,やがて錦絵摺付表紙を適宜添付。本文は毎ページ浮世絵の挿絵を入れ,これを主体として周囲を平仮名の細字本文で埋め,画文有機的に関連して筋を運ぶ。よく造本形態の特徴を活用し,絵組に動画的発想と絵巻風の構成を示す。発生契機は寛政改革以後の取締り強化で,黄表紙の洒落,滑稽,風刺等の趣向が教訓道義を主旨とする作風に転向し,忠孝節義を鼓吹する仇討物が流行,その筋立ての複雑さが内容を膨張させ,製本体裁の改革を招いた。従来は赤本以来黄表紙まで1巻5丁単位,分冊形式の数巻で1編を組成していたものを,適宜合して製本の便宜を図る装丁方式に変改し,巻を合した意の合巻体裁を生じる。試みは享和末年の山東京伝や十返舎一九の作に見られ,合巻という造語も1804年(文化1)には用例を見るが,真に普及するのは06-07年以降で,式亭三馬の《雷(いかずち)太郎強悪物語》その他が推進的役割を果たした。発生初期は短編形式の仇討物が流行,やがて京伝がお家騒動物の知巧的要素や民話を導入した新趣向で活躍,次いで柳亭種彦が文化後期に歌舞伎趣味を発揮した《正本製(しようほんじたて)》でこの趣向を流行させ,文政(1818-30)初年から男女の情愛事件で著名な物語を取り入れたこまやかな趣向に移る。このころ曲亭馬琴が《西遊記》《水滸伝》等中国長編小説の日本風翻案に成功して長編化への機運を作り,種彦は対抗的に和古典の大作《源氏物語》の翻案《偐(にせ)紫田舎源氏》を制作して長編化傾向を助長させる。このおり起きた天保改革で合巻界は沈滞し教訓色の強い作のみとなるが,改革挫折後は反動的に華麗な装丁様式が再開,しかしこれといった作者にめぐまれず,刺激的・猟奇的傾向に走った長編が続出する。明治初期までこの文芸は存続するが,やがて新聞小説等に変貌解消する。
草双紙
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「合巻」の意味・わかりやすい解説

合巻
ごうかん

江戸後期の草双紙(くさぞうし)の一態。寛政(かんせい)の改革(1787~1793)による出版取締りで、黄表紙(挿絵入り小説の一種)が、その特質ともいうべき滑稽(こっけい)さ、洒脱(しゃだつ)さ、風刺性を失い、時代に同調した教訓性を前面にたてて、忠孝を賞揚する敵討物(かたきうちもの)が盛行し、それに伴い、筋立てが複雑化して長編の続き物が多くなった。そこで、これまで5丁を1冊とし、数冊を1編としていた草双紙を1冊に合綴(がってつ)するようになった。判型はこれまでの草双紙と同じく中本型(四六判、縦約18センチメートル・横13センチメートル)で、表紙は華麗な錦絵(にしきえ)刷りで描かれ、全ページに墨印の挿絵が入るほか、錦絵刷りや墨印の口絵のつくものも多い。この体裁は早く享和(きょうわ)(1801~1804)末年にみられ、合巻という語も1804年(文化1)には現れるが、広く普及したのは式亭三馬の『雷太郎強悪物語(いかずちたろうごうあくものがたり)』などが出た1806年以後とみてよい。

 その題材から通俗性と伝奇性を特徴とし、血みどろでグロテスクな描写が多く、倫理観も正義より力といった感が強い。初期には山東京伝(さんとうきょうでん)を代表的作者として、読み切りの短編が多く、時を前後しておこった読本(よみほん)の趣向や民話、伝説などを素材としたが、その後を受けた柳亭種彦(りゅうていたねひこ)が『正本製(しょうほんじたて)』(1815~1831)で歌舞伎(かぶき)の趣向を取り入れて成功をみて以来、作中人物の顔なども役者の似顔絵で描くことが流行した。読本作者として名高い曲亭馬琴(きょくていばきん)も中国小説の翻案によって『傾城水滸伝(けいせいすいこでん)』などを書き、合巻の長編化に一役買い、これに触発されて種彦は『源氏物語』を翻案して『偐紫田舎源氏(にせむらさきいなかげんじ)』を書いた。天保(てんぽう)の改革(1841~1843)による言論弾圧で、以後沈滞を余儀なくさせられて、伝奇的な側面が猟奇的、官能的な面でのみ拡大され、明治になると、ついに新聞小説や雑誌の連載小説に発展解消した。

[宇田敏彦]

『鈴木重三著『大東急記念文庫講座シリーズ9 合巻について』(1961・大東急記念文庫)』


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百科事典マイペディア 「合巻」の意味・わかりやすい解説

合巻【ごうかん】

草双紙(くさぞうし)の一種。黄表紙が内容の複雑化に伴って長編化したもの。従来5丁1冊のものを数冊合綴(がってつ)したところからの呼称。伝奇色の強いものが多く,歌舞伎絵風の華麗な表紙・挿画(そうが)が読者の関心をひいた。文化(1804年―1818年)ごろ〜明治中期にかけて盛行。代表作家は式亭三馬柳亭種彦山東京伝曲亭馬琴など。
→関連項目雷太郎強悪物語戯作十返舎一九正本製偐紫田舎源氏万亭応賀

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「合巻」の意味・わかりやすい解説

合巻
ごうかん

江戸時代後期に行われた草双紙の一種。黄表紙が寛政の改革以後,風刺や諧謔を失い,かたき討ち物に転じると,筋書が複雑化して冊数が増し,3~6冊を1部に合冊して売ることになり,これを合巻と称した。形のうえでは式亭三馬作『雷 (いかずち) 太郎強悪物語』 (1806) が前編5冊,後編5冊の合巻として出たのを初めとする。以後,装丁が美しくなり,鮮かな絵を中心に,婦女子向けの草双紙として幕末から明治初期まで人気を保った。当初は読本風の内容をもち,長さも6編程度であったが,のちには長編化し,読本風のもののほか,挿絵を役者の似顔絵にするなど歌舞伎の趣向を多く取入れ,はなやかなものとなった。人気作の柳亭種彦作,歌川国貞画『偐紫田舎源氏 (にせむらさきいなかげんじ) 』は 38編 152冊にもなり,未完に終っている。ほかに山東京伝『於六櫛 (おろくぐし) 木曾仇討』 (07) ,柳亭種彦『正本製 (しょうほんじたて) 』 (15) ,曲亭馬琴『傾城 (けいせい) 水滸伝』 (25) ,二世種彦『室町源氏胡蝶巻』 (64) など。

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「合巻」の解説

合巻
ごうかん

草双紙の一類。本来は書籍の製本様式の一名称。文学史では製本様式のいかんを問わず,1807年(文化4)以降の草双紙をいう。黄表紙は寛政頃から筋を重視する伝奇的色彩を強くし,長編化する傾向にあった。しだいに5丁1冊の様式では冊数が増大して製本が煩瑣になるため,数冊分を合冊製本することが試みられた。1806年1月に江戸で西宮新六が刊行した式亭三馬作・初代歌川豊国画「雷太郎強悪(いかずちたろうごうあく)物語」は,この製本様式をとりいれた最初とはいいがたいが,意識的な試みであり,様式変革に大きな影響力をもったため,文学史ではこの作品出現を画期とする。

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旺文社日本史事典 三訂版 「合巻」の解説

合巻
ごうかん

江戸後期の草双紙の一つ
黄表紙合巻本の意で,従来5丁(10ページ)1冊のものを,数冊合わせて長編物の需要に応じた。表紙には美しい錦絵を用い,歌舞伎・浄瑠璃に題材を求めた。柳亭種彦の『偐紫田舎源氏 (にせむらさきいなかげんじ) 』が特に好評で,ほかに滝沢馬琴・山東京伝らが著名。

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世界大百科事典(旧版)内の合巻の言及

【草双紙物】より

草双紙(合巻(ごうかん))に取材した歌舞伎狂言の一系統。1806年(文化3)刊の式亭三馬作《雷太郎強悪物語(いかずちたろうごうあくものがたり)》をはじめとする合巻は,絵入小説の一種で,当代の人気俳優の似顔によって挿絵が描かれるなど,歌舞伎趣味の色濃く投影された出版物。…

【柳亭種彦】より

…江戸後期の合巻(ごうかん)・読本(よみほん)作者。本名は高屋彦四郎知久。…

※「合巻」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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