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柴山愛次郎 しばやま あいじろう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

柴山愛次郎 しばやま-あいじろう

1836-1862 幕末の武士。
天保(てんぽう)7年生まれ。柴山良助の弟。柴山矢八の兄。薩摩(さつま)鹿児島藩士。文武にすぐれ,藩校造士館の訓導となる。関白九条尚忠(ひさただ),所司代酒井忠義を討つ計画に参加し,文久2年4月23日伏見の寺田屋で島津久光(ひさみつ)が派遣した鎮撫使(ちんぶし)にきられた(寺田屋事件)。27歳。名は道隆。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

柴山愛次郎

没年:文久2.4.23(1862.5.21)
生年:天保7(1836)
幕末の薩摩(鹿児島)藩士,尊攘派の志士。同藩士柴山良庵の次男。記録所書記,次いで藩校造士館訓導,やがて有馬新七の尊王挙兵論に同調。文久2(1862)年1月,橋口壮介と共に在江戸藩士の教育機関ともいうべき糾合方へ転勤,旅程の途次,各地の志士との交流を広げつつ江戸に着任。翌2年3月島津久光の率兵上洛に応じて大坂に入る。4月23日有馬新七らと伏見寺田屋で挙兵を計画,島津久光の中止命令を伝えに来た使者と闘争,殺害された(寺田屋事件)。兄良助も連座して謹慎,のち許され江戸藩邸留守居添役,慶応3(1867)年12月藩邸が焼打ちされたときに庄内(鶴岡)藩兵に捕らえられ,伝馬町の獄中に自刃。弟の矢八はのちに海軍大将となった。

(井上勲)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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