栗山重信(読み)クリヤマ シゲノブ

20世紀日本人名事典 「栗山重信」の解説

栗山 重信
クリヤマ シゲノブ

大正・昭和期の小児科医学者 東京大学名誉教授;国立東京第一病院名誉院長



生年
明治18(1885)年12月7日

没年
昭和52(1977)年12月21日

出生地
兵庫県姫路

学歴〔年〕
東京帝国大学医科大学〔明治44年〕卒

学位〔年〕
医学博士〔大正9年〕

主な受賞名〔年〕
勲二等旭日重光章〔昭和39年〕

経歴
大正4年ボストン大学留学、東大講師、助教授を経て大正11年教授。昭和21年定年退官、名誉教授。国立第一病院に勤め副院長の後、31〜37年院長。日本小児科学会理事、会頭、理事長を務め、また文部省、厚生省、学術団体などの審議会、研究会委員として活躍。その間4年日本小児科学会で「小児の生理学的性状の年齢的差異」の宿題報告をし、血清正常抗体量、免疫抗体量、過敏現象などの年齢的差異を詳しく発表。8〜10年の流行性脳炎の流行では、流行性脳炎研究委員会委員として多くの報告を発表した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「栗山重信」の解説

栗山重信 くりやま-しげのぶ

1885-1977 大正-昭和時代の小児科学者。
明治18年12月7日生まれ。大正11年東京帝大教授,昭和31年国立東京第一病院長。流行性脳炎など各種伝染病の予防や医学教育制度の改善につくした。日本小児科学会理事長などを歴任。昭和52年12月21日死去。92歳。兵庫県出身。東京帝大卒。監修書に「小児科学」「病気事典」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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