栗生純夫(読み)クリウ スミオ

20世紀日本人名事典 「栗生純夫」の解説

栗生 純夫
クリウ スミオ

大正・昭和期の俳人 「科野」主宰。



生年
明治37(1904)年4月20日

没年
昭和36(1961)年1月17日

出生地
長野県須坂市東横町

本名
神林 新治

主な受賞名〔年〕
長野県文化功労者(第1号)〔昭和35年〕,須坂市名誉市民(第2号)

経歴
大正9年16歳で「石楠」に入会、臼田亜浪に師事。昭和21年俳誌「科野」を創刊、主宰した。句集に「大陸諷詠」「山帰来」「科野路」など。また、11年「一茶雑記」を発表して以来、新資料「まん六の春」などの発見や論文など一茶研究家として多くの功績を残した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「栗生純夫」の解説

栗生純夫 くりう-すみお

1904-1961 大正-昭和時代の俳人。
明治37年4月20日生まれ。臼田亜浪(うすだ-あろう)に師事する。実作者の立場から小林一茶を研究,大正15年「一茶新考」をあらわす。昭和21年郷里の長野県須坂町で「科野(しなの)」を創刊した。昭和36年1月17日死去。56歳。本名は神林新治。句集に「山帰来」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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