栗隈郷(読み)くりくまごう

日本歴史地名大系 「栗隈郷」の解説

栗隈郷
くりくまごう

「和名抄」刊本は「久里久末」と訓じ、高山寺本は「栗前」と記して「久利久万」と訓ずる。

「日本書紀」仁徳天皇一二年一〇月の条に「大溝を山背の栗隈県に掘りて田に潤く」とみえ、同様の記事が同書推古天皇一五年条にも重出する。同書天智天皇七年二月二三日条に栗隈首徳万、天武天皇一二年九月二日条に栗隈首(連)がみえるが地名を負うた氏族であろう。県主の存在も推定され、古くから開けた地であったと考えられる。


栗隈郷
くりくまごう

「和名抄」高山寺本は「久利久末」、東急本は「久利久万」と訓を付す。中世には公領の栗熊郷がみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む