根戸村(読み)ねどむら

日本歴史地名大系 「根戸村」の解説

根戸村
ねどむら

[現在地名]我孫子市根戸・台田だいだ一―四丁目・船戸ふなと一―三丁目・つくし四丁目・白山はくさん三丁目など、柏市根戸・北柏きたかしわ一―三丁目・北柏台きたかしわだい

我孫子村の西にあり、南は手賀てが沼に臨む。村の中央部を通る水戸道沿いに集落が形成された。「本土寺過去帳」に「子トニテ」吉原二位日順が没したとある。相馬之系図(歓喜寺蔵)では相馬胤村の子胤光が根戸三郎を称したとあり、根戸法華坊ねどほうかぼう遺跡を相馬惣領家の館跡とする見方があったが、遺構調査では明らかでない。地内東陽とうよう寺に暦応四年(一三四一)銘の阿弥陀一尊板碑など、建武期(一三三四―三八)日念の開創という妙蓮みようれん寺に文明一七年(一四八五)銘の題目板碑などが散在する。荒追あらおい一帯に遺構を残す根戸城は根戸氏を称する相馬氏が在城したとも、地名道灌どうかんの存在などから文明一〇年一二月千葉孝胤と合戦に及んだ太田道灌の築城ともいう。


根戸村
ねどむら

[現在地名]柏市根戸・北柏きたかしわ一―三丁目・北柏台きたかしわだい、我孫子市根戸・台田だいだ一―四丁目・船戸ふなと一―三丁目・つくし四丁目・白山はくさん三丁目など

宿連寺しゆくれんじ村の南、地金じがね落の左岸に位置し、手賀てが沼に臨む。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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