根本博(読み)ネモト ヒロシ

20世紀日本人名事典 「根本博」の解説

根本 博
ネモト ヒロシ

大正・昭和期の陸軍中将



生年
明治24(1891)年6月6日

没年
昭和41(1966)年5月24日

出生地
福島県

学歴〔年〕
陸士(第23期),陸大卒

経歴
参謀本部支那班勤務から陸軍省、参謀本部中国関係の業務従事、昭和4年参謀本部支那班長。6年桜会の中心となり3月事件、10月事件に参加した。9年陸軍省新聞班長の時「国防の本義と其強化の提唱」を発表。北支那方面軍参謀副長、興亜院華北連絡部次長を経て16年中将、第24師団長。第3軍司令官、駐蒙軍司令官、20年北支那方面軍司令官の時敗戦。21年8月復員。24年8月蔣介石の部将湯恩伯の懇請で国民政府軍の対中共作戦を援助、27年帰国した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「根本博」の解説

根本博 ねもと-ひろし

1891-1966 大正-昭和時代前期の軍人
明治24年6月6日生まれ。陸軍省,参謀本部で中国関係の業務に従事。桜会のメンバーとして三月事件,十月事件にかかわる。昭和16年陸軍中将。戦後は中国国民党軍の対中共軍作戦を援助した。昭和41年5月24日死去。74歳。福島県出身。陸軍大学校卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「根本博」の解説

根本 博 (ねもと ひろし)

生年月日:1891年6月6日
大正時代;昭和時代の陸軍軍人。中将、第3軍司令官
1966年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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