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十月事件 ジュウガツジケン

百科事典マイペディアの解説

十月事件【じゅうがつじけん】

錦旗革命事件とも。1931年10月に発覚した軍部急進派のクーデタ計画。三月事件に失敗した陸軍の橋本欣五郎桜会幹部は,民間右翼の大川周明西田税らと協力,歩兵十数中隊に海軍航空隊なども動員,若槻礼次郎首相以下を暗殺して荒木貞夫陸軍中将を首班とする内閣の樹立を計画した。
→関連項目若槻礼次郎内閣

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世界大百科事典 第2版の解説

じゅうがつじけん【十月事件】

陸軍を中心とするクーデタ未遂事件。1931年三月事件が未遂に終わったのち桜会の橋本欣五郎中佐らは,関東軍幕僚に呼応して満州事変を遂行するため,事変不拡大方針の第2次若槻礼次郎内閣を倒すクーデタを計画した。桜会員の隊付青年将校ら,大川周明・北一輝井上日召らの民間右翼もこれに参加し,建川美次参謀本部第一部長をはじめ陸軍首脳部も橋本らをそそのかす態度をとった。計画では在京陸軍兵力,海軍航空隊,右翼勢力が31年10月24日首相官邸はじめ政治・軍事・通信の中枢機関を襲撃し,要人を殺害または逮捕,荒木貞夫中将を首班とする軍部政権を樹立するものとした。

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大辞林 第三版の解説

じゅうがつじけん【十月事件】

1931年(昭和6)10月、旧陸軍の橋本欣五郎ら桜会幹部が中心となり、満州事変に呼応して、荒木貞夫中将を首班とする軍事政権樹立を企てたクーデター計画。未然に発覚したが、軍部の政治進出の契機となった。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

十月事件
じゅうがつじけん

錦旗革命」のページをご覧ください。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

十月事件
じゅうがつじけん

桜会の橋本欣五郎(きんごろう)が首謀者となり計画、未遂に終わった本格的なファッショ的クーデター事件。錦旗(きんき)革命事件ともいう。1931年(昭和6)三月事件の失敗後、橋本らは関東軍の満州謀略計画と連携した国家改造クーデターを計画していたが、同年9月満州事変勃発(ぼっぱつ)後、それを具体化しようとした。計画には隊付青年将校らのグループも参加し、大川周明(しゅうめい)、北一輝(きたいっき)、西田税(みつぎ)、橘孝三郎(たちばなこうざぶろう)らの右翼勢力も加わった。計画の内容は、10月21日を期して、桜会の将校が率いる十数個中隊の兵力を動員し、閣議の席などを襲撃して全閣僚、政党幹部、財界人を殺害、戒厳令を布告し、荒木貞夫(あらきさだお)中将(教育総監部本部長)を首班とする軍部政権を樹立しようとするものであった。しかし計画は事前に発覚し、10月17日、橋本ら13名前後が憲兵隊に検挙され、クーデターは未発に終わった。以後青年将校グループは、幕僚将校らの運動に不信感をもち、彼らから離脱して直接行動による国家改造運動を展開するようになっていった。[榎本勝巳]
『中野雅夫著『橋本大佐の手記』(1963・みすず書房) ▽末松太平著『私の昭和史』(1963・みすず書房) ▽今井清一他編『現代史資料4 国家主義運動1』(1963・みすず書房) ▽高橋正衛著『昭和の軍閥』(中公新書)』

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