1958年の日本の《国防の基本方針》では〈国防の目的は,直接及び間接の侵略を未然に防止し,万一侵略が行なわれるときはこれを排除し,もつて民主主義を基調とするわが国の独立と平和を守ることにある〉と書かれている。ここでいう万一侵略のときには軍事力が対抗的に用いられるから,国防の中核は軍事力の行使にある。したがって国防は,抑止とともに国家安全保障の中心的争点を構成することになる。国防は抑止が失敗したとき,味方に損害を与えたり味方を排除したりする敵の能力を減少させることである。軍事力を国家が行使するときの政治目的は,敵の侵略がもたらす結果が,領土の喪失であろうと,または戦争の損害であろうと,それをできるだけ緩和させることであるとスナイダーGlenn H.Snyderはいう(《抑止と防衛》1961)。しかし,核兵器の出現の結果,抑止の失敗したときに合理的な手段として用いられる軍事力が,戦争の被害を法外のものにしてしまったため,古典的国防の概念には大きな衝撃が与えられた。もちろん第1次大戦以降の近代兵器の発達は,核時代以前にもすでに兵器の破壊力が国防によって達成しようとしている政治目的を超える傾向を示していた。第1次大戦での軍人と民間人との死者比率については,軍人が95%,民間人が5%,第2次大戦では軍人が52%,民間人が48%,太平洋戦争に限ると日本本土で軍人が23%,民間人が77%となっている。さらに第2次大戦後になると,朝鮮戦争では軍人が15%,民間人が85%,ベトナム戦争では軍人が5%,民間人が95%という記録を残している。
高度に工業化された都市型国家では,通常戦争においてさえ政治目的より破壊のほうが上回ることになろう。かりに,万一侵略が行われたとしても,これを軍事力によって排除するという国防の機能は,もはや国民の生命安全を守る手段としての意義を失ったと見るべきである。すなわち,現実に軍事力を行使するという国防は,高度に工業化された都市国家では,きわめて限定された場合を除いて,もはや自己破壊的システムの発動以外の何物でもなくなった。ボールディングKenneth Bouldingはこのことを主権国民国家の無条件的生存可能性の喪失loss of unconditional viabilityと呼んで,新しい紛争と防衛の概念樹立の必要性を説いた(《紛争と防衛》1960)。実際には軍事力を行使しないという,抑止の概念だけが,抑止は失敗できないという前提のもとで,核戦略論を中心とする国防概念を引っぱりまわしている。しかし,高度の抑止水準を生み出す威嚇能力が,抑止の失敗に際してあまりにも大きなコストと損失とをもたらすため,相互抑止下ではついに小規模軍事力行使に対する抑止力が喪失する傾向も出てきている。
→安全保障 →抑止
執筆者:関 寛治
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
武力侵略に対し国の総力をあげて国を防衛すること。一般に、国家の安全に対する脅威としては、外部からのものと内部からのものがあるとされる。また脅威の態様としては、軍事的なものと非軍事的なものがあり、さらに、これに対応する手段にも軍事的・非軍事的なものがある。これらの組合せによって、国防、国家安全保障、防衛の概念が使用されている。外部からの軍事的脅威に対し軍事力をもって国を守ることを防衛(ディフェンス)という。国防(ナショナル・ディフェンス)は、同じく軍事的脅威を対象とするが、そのために使用する手段は軍事力だけでなく、政治、外交、経済、科学技術、心理など国の総力である。つまり対応する手段の面で、国防は防衛より範囲が広い。したがって国防には、経済産業省が防衛産業を育成したり、国土交通省が軍事道路をつくることも含まれる。1957年(昭和32)5月20日、当時の国防会議と閣議で決定された「国防の基本方針」は、国防の目的と基本方針を示している。防衛省は防衛について、安全保障会議(1986年に国防会議を廃止して新設)は国防について所掌する。安全保障会議が外務大臣、財務大臣、経済財政政策担当大臣を議員に含んでいることは、脅威に対応する手段の多様性を示すといえよう。国家安全保障(ナショナル・セキュリティ)は、軍事・非軍事にわたる脅威を対象とし、軍事的・非軍事的手段をもって国の安全を保つことをいい、国内からの脅威をも対象としている。
[藤井治夫]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…CBMを基礎とした多国間システムの形成は,今後大きな趨勢となろう。【岩島 久夫】
[総合的安全保障への道]
古典的安全保障は軍事的な意味に限られ,国防と抑止との2機能から成っていた。抑止は,敵がその軍事行動から期待しうる利得を上回るような損害と危険とを予期できれば,敵もその軍事行動を思いとどまるだろうという期待にもとづいている。…
※「国防」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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