桂川てや(読み)かつらがわ てや

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「桂川てや」の解説

桂川てや かつらがわ-てや

1829-1844 江戸時代後期の大奥女中
文政12年生まれ。桂川甫賢(ほけん)の娘。生家は代々将軍の侍医をつとめる。天保(てんぽう)11年大奥の中臈(ちゅうろう)花町の部屋子,12年将軍徳川家斉(いえなり)の正室付中臈となる。15年5月10日大奥長局(ながつぼね)から出火,避難途中に花町をすくうため引き返しともに焼死した。16歳。江戸出身。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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