桂平村(読み)かつらひらむら

日本歴史地名大系 「桂平村」の解説

桂平村
かつらひらむら

[現在地名]益田市桂平町

高津川の支流白上(しらかみ)川に流入する上黒谷(かみくろだに)川から分岐する桂平川流域に位置し、東は柏原(かしばら)村、北は上黒谷村。地名は桂の大樹に関連するという(石見八重葎)。国境の高森(たかもり)山の東を通る道は金(かね)が峠・白杭(しらくい)峠を越えると津和野に通ずる。沿線に野中(のなか)・水合(みずあわせ)・峠(たお)と集落が点在する。江戸時代の支配の変遷は持石(もちいし)村と同じ。古高五八五石余、寛永一四年(一六三七)の検地高七七二石余(万手鑑)。黒谷組代官所所在地、代官所は下峠堀(しもだおほり)代官屋敷であったが、のちに御辻(おつじ)の屋敷に移動したらしい。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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