桂恋村(読み)かつらこいむら

日本歴史地名大系 「桂恋村」の解説

桂恋村
かつらこいむら

[現在地名]釧路市桂恋・三津浦(みつうら)・白樺台(しらかばだい)一―七丁目・桜ヶ岡(さくらがおか)一―八丁目・益浦(ますうら)一―四丁目

明治五年(一八七二)頃から同三三年まで存続した村。釧路村の東にあり、南部は海に臨む。東は昆布森(こんぶもり)村(現釧路町)。明治三年釧路漁場持の米屋孫右衛門の募集により奥羽地方や函館近傍から一九戸が移住したとされ(状況報文)、「春日紀行」に桂恋とみえる(同年五月三日条)。同年の当地への全移住戸口は二七戸・八一人という(同一七年「釧路郡移住人民調」御子柴文書)。同六年の「釧路国地誌提要」に桂恋村とみえ、アイヌの戸口は八戸・三八人、寄留は二三戸・八五人。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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