桃川城跡(読み)ももがわじようあと

日本歴史地名大系 「桃川城跡」の解説

桃川城跡
ももがわじようあと

[現在地名]神林村桃川 根古屋

桃川村を貫流するひやつ川の合流地点より上流、桃川峠から流れる谷川の左岸字根古屋ねごやにある。近世には根古屋城とよばれ(「佐藤家由来書」佐藤十七氏蔵)一帯要害ようがいの峰と称される。城主は真多羅太夫祐高とも伝えられる(同書)。享保一四年(一七二九)の桃川村明細帳(同氏蔵)には南方三一町の所にある「荒金城」が記され、これも根古屋城をさすとされる。城跡は実測で二二九・七メートルの断崖上にあり、幅七・五メートルの立堀が二重に掘られ、その上に一〇メートル幅の曲輪、五段の郭が構えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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