案察使(読み)あぜち

日本歴史地名大系 「案察使」の解説

案察使
あぜち

[現在地名]亀岡市保津町 案察使

保津ほづ北端牛松うしまつ山西麓の地域。一帯に前方後円墳の保津車塚くるまづか(全壊)ほか一五の円墳が確認され、また付近から弥生式土器片なども出土した。

「続日本紀」養老三年(七一九)七月一三日条に各地方に按察使を置き諸国を巡省させたとあり、丹波守小野朝臣馬養に丹後但馬・因幡三国を管せしめたことが記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む