桐生城跡(読み)きりゆうじようあと

日本歴史地名大系 「桐生城跡」の解説

桐生城跡
きりゆうじようあと

[現在地名]桐生市梅田町一丁目

桐生川の西岸じよう(檜杓山)の東中腹標高三六一メートルの尾根上にある。東から西に本丸(東西一二五メートル・南北七五メートル)、二ノ丸(西北―東南一三〇メートル・幅三〇メートル)、三ノ丸(東西七五メートル・幅二五メートル)が約四五〇メートルの範囲に並ぶ。ひしゃく状になっているところから檜杓山ひしやくやま城の別称がある。二ノ丸から北に北郭(南北八〇メートル・幅四〇メートル)、本丸から東に離れて坂中郭(東西六〇メートル・幅二五メートル)があり、郭は周囲を帯郭で囲む。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む