梁川八幡宮(読み)やながわはちまんぐう

日本歴史地名大系 「梁川八幡宮」の解説

梁川八幡宮
やながわはちまんぐう

[現在地名]梁川町八幡 堂庭

梁川城跡の北東約一キロに鎮座し、背後を阿武隈川が東流する。法人名は八幡神社で、亀岡かめがおか八幡・富野とみの八幡とも通称される。隣接して旧別当寺の龍宝りゆうほう寺がある。旧村社で、祭神は誉田別命・応神天皇。伊達朝宗が高子岡たかこがおか(現保原町)を築いた際、同城付近に勧請され、以後伊達氏の氏神として、同氏移転とともに遷座された(伊達正統世次考)。応永三三年(一四二六)三月二九日に伊達持宗によって梁川八幡宮が造営されている(同書)。天文元年(一五三二)伊達稙宗の西山にしやま(現桑折町)移転によって桑折に遷座されたが(性山公治家記録)当社はそのまま存置されたといわれている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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