棚草郷(読み)たなくさごう

日本歴史地名大系 「棚草郷」の解説

棚草郷
たなくさごう

現小笠町の棚草から目木もつき丹野たんの、さらに菊川きくがわ町の棚草辺りまでを含んだとみられる中世の郷。延文六年(一三六一)二月二四日、沙弥成西が「棚草郷薬師寺住持職」と田畠平田へいでん(現相良町)に寄進している(「成西寄進状」平田寺文書)。永徳二年(一三八二)正月二六日の貞重売券(同文書)では、当郷内の田地平田寺に売却されている。遠江国国衙領は南北朝中期に紀州の熊野新宮造営料所に充てられるが、当郷も貞治元年(一三六二)頃とみられる一〇月一九日の西園寺実俊施行状(熊野速玉神社文書)の別紙貼継文書にみえ、九〇石余と記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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