森島敏昌(読み)もりしま びんしょう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「森島敏昌」の解説

森島敏昌 もりしま-びんしょう

1808-1880 江戸後期-明治時代の和算家
文化5年1月15日生まれ。尾張(おわり)名古屋藩士永田有功に和算をまなび,その養子となる。のち実家の籍にもどる。門人がおおかった。明治13年2月28日死去。73歳。美濃(みの)(岐阜県)出身。字(あざな)は忠告通称は勇次郎,徳右衛門。号は簡斎。編著に「簡斎社中算艸」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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