日本歴史地名大系 「椋橋郷」の解説
椋橋郷
くらはしごう
「和名抄」高山寺本は「椋橋」(訓を欠く)、刊本は「高橋」とするが、他に所見する例からみて「高」は誤りと思われる。のちには「倉橋」と記した。
古代椋橋郷に関してはほかにみえないが、天平勝宝元年(七四九)一二月一九日付東大寺奴婢帳(正倉院文書)に「奴津麻呂年弐拾
郷域は確定しがたいが、寿永三年(一一八四)四月一六日付平辰清所領寄進状案(東寺百合文書)に
椋橋郷
くらはしごう
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報