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楊行密 ようこうみつYang Xing-mi; Yang Hsing-mi

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

楊行密
ようこうみつ
Yang Xing-mi; Yang Hsing-mi

[生]大中6(852)
[没]天祐2(905).11. 広陵
中国,五代十国の始祖 (在位 892~905) 。廬州合肥 (安徽省) の人。字は化源。諡は武忠王。廟号は太祖。唐末に群盗から身を起して戦功を立て,中和3 (883) 年廬州刺史となった。竜紀1 (889) 年浙西を攻めて蘇,常,潤3州を取り,江南に勢力を伸ばし,広陵に拠り,淮南節度使に任じられた。のち大挙南下する朱全忠の大軍を破り,呉越銭鏐 (りゅう) には蘇州で敗れたが,ほぼ淮南江東を確保し,天復2 (902) 年東面諸道行営都統となり,呉王に封じられた。没後太祖と追尊された。

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世界大百科事典内の楊行密の言及

【呉】より

…淮南(わいなん)ともいう。唐末の群雄より身をおこした淮南節度使楊行密が建てた国。揚州を拠点に安徽,湖北,江西にまで支配を及ぼした。…

【五代十国】より

… つぎに江南の十国政権についてみよう。杭州を中心とした浙江地方に拠る呉越は,土豪自衛団を基盤に遊民出身の銭鏐(せんりゆう)がたてたもの,その北の江蘇,安徽,江西地方に拠る呉は,群盗出身の楊行密がたてたものであり,その西の湖南地方には軍賊出身の馬殷がたてた楚が併存した。これら三国は黄巣集団の分派である。…

※「楊行密」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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