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広州 コウシュウ

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デジタル大辞泉の解説

こうしゅう〔クワウシウ〕【広州】

中国広東(カントン)省の省都。珠江デルタの北端に位置する商工業・港湾都市。古来、華南最大の貿易港として栄え、アヘン戦争以後は革命運動の中心地となった。人口、行政区852万(2000)。コアンチョウ。

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百科事典マイペディアの解説

広州【こうしゅう】

中国,広東省の省都。上海,北京に次ぐ中国第三の都市で,2010年国務院により,国家五大中心都市の一つに指定された。古名番禺(ばんぐう),古代では百越の地である。
→関連項目海関海禁経済特区市舶司中華人民共和国

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世界大百科事典 第2版の解説

こうしゅう【広州 Kwangju】

韓国,京畿道中央部の郡。ソウルの南東に隣接する。漢江の支流に沿って狭い平野がみられるが,大部分は丘陵地となっている。古代に馬韓諸族の根拠地となり,百済(くだら)王朝の基礎を築いた。李朝時代には首都ソウルを防備する四鎮の一つとして南漢山城が築かれた。丘陵地を開墾した畑地では,ソウル特別市の大人口を背景として園芸,畜産,酪農などの商業的農業が盛んとなっている。ソウルの膨脹に伴い,そのベッドタウン化も顕著であり,1973年には郡の一部が城南市として分離された。

こうしゅう【広州 Guǎng zhōu】

中国,広東省の省都。華南最大の都市で,広東省の政治,経済,文化,交通の中心地である。広東(カントン)ともいわれる。面積1万1300km2,人口約544万,うち市街区302万5000(いずれも1981)。別名は羊城または穂城。珠江三角州の北端に位置し,西江,北江,東江の合流地。市街は珠江の両岸にまたがり,花,従化,新豊,竜門,増城,番禺の6県を管轄する。広州周辺の地勢は北高南低で,平均気温は1月が13.6℃,7月が28.2℃,年平均が21.9℃である。

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大辞林 第三版の解説

こうしゅう【広州】

中国、広東カントン省の省都。珠江デルタに位置する港湾都市。華南地方最大の都市で、機械・食品・織物などの工業が発達。革命運動の発祥地の一つで、その史跡が多い。広東。コワンチョウ。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

広州
こうしゅう / コワンチョウ

中国南部、広東(カントン)省中部の商工業・港湾都市。広東省の省都。越秀区、海珠区、黄埔(こうほ)区など10区および2市を管轄する。珠江(しゅこう/チューチヤン)デルタの北端、東江・西江・北江の合流点に位置し、京広・広九・広三各鉄道の交点であり、三茂鉄道の開通で広州―茂名(もめい/マオミン)―湛江(たんこう/チャンチヤン)が直通することになった。また省東部に通じる広梅汕鉄道も建設された。香港(ホンコン)特別行政区、東南アジアへの中国の南の玄関にあたる交通と貿易の中心地である。華南(かなん/ホワナン)地区最大の都市で面積7434平方キロメートル、人口700万6896、市轄区人口566万6812(2000)。市部の中心は珠江北岸である。
 亜熱帯モンスーン気候に属するため年平均気温は22.2℃であり、一年中各種の花が咲くところから花の町ともよばれ、春節(旧正月)の花市(はないち)が有名である。また「食は広州にあり」といわれるように、中国南部の料理を代表する広東料理の本場でもある。港は市内の広州港のほかに、1937年東郊に開かれた黄埔港がある。黄埔港は最大3万トンの船舶が停泊できる。市内には鉄鋼、造船、機械、化学などの重化学工業があり、とくにテレビ、ラジオカセット、電気洗濯機、電気冷蔵庫など家電工業が盛んである。軽工業では伝統的な絹・麻・綿などの繊維工業、果物・魚類などの缶詰、製紙、雑貨などがある。市内には、珠江の堆積(たいせき)作用による陸化の跡をたどるように、古い海岸線に沿って六榕(ろくよう)寺(537建立)、光孝(こうこう)寺(676建立)、懐聖(かいせい)寺(唐代建立)などの寺が残っており、北部の越秀山(えっしゅうざん)には明(みん)代に建設された鎮海楼(ちんかいろう)がある。アヘン戦争以後は反帝闘争の拠点となったため、闘争の歴史を語る建造物も多く、1911年の黄花岡蜂起(こうかこうほうき)の英雄墓地、27年の広州コミューンの犠牲者を祀(まつ)る広州起義烈士陵園、農民運動講習所跡、中山(ちゅうざん)記念堂などがある。省都として政治の中心であるばかりでなく文化の中心でもあり、総合大学である中山大学のほか、華南工学院、中山医学院、華南農学院などの単科大学が多数ある。また曁南(きなん)大学は華僑(かきょう)、香港、マカオ、台湾籍の学生、帰国華僑を主として受け入れる。そのほか各種の専門学校も多い。市街には亭子脚のある古い繁華街がみられる一方で、高層のビルが建ち並ぶ。1980年代以後の対外開放政策の重点が広東省に置かれていたために、外国資本との協力による工業化は省都たる広州でも盛んで、黄埔地区の経済開発を中心に、先進的な工業技術を導入した工場建設が進展しつつある。[青木千枝子・河野通博]

歴史

欧米人の呼称カントンCantonは、ポルトガル人のいうKhantoをなまったもの。別名は仙城または羊城。古くは越、粤(えつ)、百粤などといわれた漢民族以外の住地。秦(しん)の始皇帝が紀元前214年、犀角(さいかく)、象牙(ぞうげ)、翡翠(ひすい)などを求めて経略したころから史書に現れ、漢以後、漢人の移住者も増え、南海諸国やミャオ族(苗族)との珍貨の交易で栄え、8~12世紀の唐・宋(そう)代には、アラビア商人の来航で発展した。綿、象牙、薬材、香料、宝石などを輸入、絹、茶、陶器などを輸出し、その額も多く、市舶司(しはくし)を置いて徴税し、蕃坊(ばんぼう)という自治的居住地を設けて12万の外人を住まわせた。元(げん)以後はやや衰えたが、明(みん)の中期1516年、ポルトガル人の来航以後ふたたび栄え、清(しん)代にはスペインなど後続の各国の商船でさらに繁栄した。粤海関(えっかいかん)という税関と広東(カントン)十三行という政府御用商館とを置いて、外国貿易船と対応し貿易を制限したのでアヘン戦争を誘発し、2年後の南京(ナンキン)条約で開港された。以後、順調に発展し、新思想の流入地、革命の基地としても知られ、現在は春秋2回、国際交易会が開かれて、海外貿易の拠点としての本領を発揮している。なお珠江には30万の水上生活者(蛋民(たんみん))がいたのもこの市の特徴である。[星 斌夫]

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