楯西村(読み)たてにしむら

日本歴史地名大系 「楯西村」の解説

楯西村
たてにしむら

[現在地名]寒河江市本町ほんちよう一―二丁目・六供町ろつくまち一―二丁目・八幡町やわたまち緑町みどりちよう中央工業団地ちゆうおうこうぎようだんち

旧寒河江城本丸の西に位置。本丸から西にし町・うわ町・六供町の町場が続き、西方柴橋しばはし村に至る。北西八鍬やくわ村。六供町は寒河江八幡の門前町寒河江村が元和八年(一六二二)―同九年頃に分立してできた村で、寛文五年(一六六五)稲荷明神(惣持寺)宛の朱印状(寛文朱印留)に村名がみえる。最上氏改易後は幕府領(山形藩預地)、寛永三年(一六二六)から同一三年まで山形藩領、以後幕末まで幕府領。

石高は元和八年には二千四六〇石余、元和検地後は三千二四三石余(最上記)。貞享二年(一六八五)村明細帳(千原文書)によれば高三千六九六石余・反別一五六町八反余、家数三二〇・人数一千四五五、馬六〇。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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