樋渡雄七(読み)ひわたし ゆうしち

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「樋渡雄七」の解説

樋渡雄七 ひわたし-ゆうしち

1827-1887 江戸後期-明治時代の和算家。
文政10年生まれ。肥前小城(おぎ)郡(佐賀県)の庄屋の家に生まれ,樋渡家の養子となる。江戸の長谷川弘(ひろむ)の門で数学,天文暦法をまなび,小城藩の会計掛と算学指南役をつとめた。廃藩後は中学校などの教師。明治20年死去。61歳。本姓古賀。名は重政。号は洋鳳子。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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