樹ノ本古墳(読み)きのもとこふん

日本歴史地名大系 「樹ノ本古墳」の解説

樹ノ本古墳
きのもとこふん

[現在地名]朝倉村朝倉下

頓田とんだ川が朝倉村で蛇行し、朝倉下あさくらしも今治いまばり平野に流れ出る左岸の緩やかな段丘上に位置する。地名によって丈六寺じようろくじ古墳の名もあるが、あまはかともよばれる。

この西北三〇〇―七〇〇メートルに銅剣出土の保田やすだ、縄文後期の山口やまぐち遺跡があり、やや上流には野々瀬ののせの大古墳群地帯を控えている。

当墳は明治四一、二年(一九〇八、九)頃に発掘され、長楽未央の銘のある舶載の細線式獣帯鏡が出土し、きぬがさ埴輪も伴出した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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