檜尾塚原古墳群(読み)ひのつかはらこふんぐん

日本歴史地名大系 「檜尾塚原古墳群」の解説

檜尾塚原古墳群
ひのつかはらこふんぐん

[現在地名]堺市新檜尾台二丁・鴨谷台二丁など

和田わだ川の支流甲斐田かいだ川の西側河岸段丘上を中心に分布する後期の古墳群であったが、泉北ニュータウンの開発により一部が残存するのみである。昭和四七年(一九七二)以降、一―六号墳および九号墳の発掘調査、七号墳の外形測量が実施された。一号墳は径九・五メートル、高さ一・三メートルの円墳であったが、主体部は破壊されており不明。二号墳は一号墳の西五メートル余にあり、径一五メートル、高さ〇・四メートルの円墳。開墾により封土を失い、周濠痕と石室床面を確認できたにすぎない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む