櫟原庄・市原村(読み)いちはらのしよう・いちはらむら

日本歴史地名大系 「櫟原庄・市原村」の解説

櫟原庄・市原村
いちはらのしよう・いちはらむら

平安時代成立の東大寺領庄園。中世には小野原(おのばら)庄に含まれた。天喜三年(一〇五五)頃とみられる丹波国庄園注文(東大寺文書)に多紀(たき)郡西県に所在する庄園として「櫟原庄」とみえる。東条(とうじよう)川上流の市原付近に比定され、その北方の本荘(ほんじよう)も関連地名とされている。元徳三年(一三三一)三月二七日沢間禅尼霊台寺領寄進状(清水寺文書)に「小野原荘市原木津村」とみえ、村内の椙原(すぎはら)田一町三段・荒野三町が近接する播磨国清水(きよみず)寺(現社町)の東院・大講堂領に寄進されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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