武弓新田村(読み)たきゆうしんでんむら

日本歴史地名大系 「武弓新田村」の解説

武弓新田村
たきゆうしんでんむら

[現在地名]水府村上高倉かみたかくら下高倉しもたかくら

高倉村の北と西の標高四〇〇メートルを超える高地に点在する安寺あでら持方もちかた中武弓なかたきゆう(生)・下武弓(生)を総称し武弓新田村という。

寛永一八年(一六四一)検地帳(「水戸歴世譚」所収)に「安寺 持方」の地名があったとされるが、その開発年代は不詳。庄屋は置かず、高倉村の管理下にあった。元禄郷帳には「武生新田村」と記され、「高倉村ノ内」と注記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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