改訂新版 世界大百科事典 「死蠟」の意味・わかりやすい解説
死蠟 (しろう)
adipocere
死体が水中や湿潤な土中に置かれ,空気が遮断された状態において生じる異常死体現象。死蠟のうち軟らかいものは腐ったチーズ様であり,硬いものはもろいセッコウ(石膏)様で,いずれもかび臭い。完成された死蠟は水に浮き,水に不溶で,大部分はエーテルやアルコールに溶け,加熱すると溶解して蠟のような性状をとるため,この名称が付けられている。通常,皮下脂肪は2~3ヵ月で死蠟化し,深部組織は4~5ヵ月,全身が死蠟化するには2~3年を要する。高温環境では死蠟化が促進され,子どもや肥満した死体では早く死蠟化する。全身が完全な形で死蠟化することはまれであり,手や足は白骨化していることが多く,骨に死蠟塊が付着した状態のものが多い。死蠟化すると,長期間にわたり原形が保たれるため,ミイラとともに永久死体tenable corpseといわれる。索痕や各種の外傷が明りょうに残っていることがあり,死因や自他殺などの重要な手がかりを与えてくれることがある。死蠟の構成成分は,通常70~90%が脂肪酸(20~30%程度のこともある),残りは結合組織性の灰分で,完成度や身体部位によりその割合が異なるという。死蠟の成因については,特異な細菌環境のなかで,自家融解(自己消化)や腐敗による通常の死体分解が途中で方向をかえ,脂肪は脂肪酸とグリセリンに分解されたのち,常温で液体の低級脂肪酸とグリセリンは流失し,常温で固形の飽和高級脂肪酸や,常温で液状である不飽和高級脂肪酸は飽和され固形化して残り,ケン化されてカルシウムやマグネシウムとの塩(金属セッケン)を形成したり,水酸基を有する脂肪酸に変化して,安定な死蠟が形成される。筋肉などのタンパク質も細菌の酵素作用により脂肪酸となり,同じような経過で死蠟化すると考えられている。
執筆者:小嶋 亨
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報