死後変化,すなわち死後に現れる生物学的機能の喪失や,死体の物理的,化学的な変化をいう。これは早期,晩期,異常死体現象に分けられる。
死後1日以内に現れるもので,瞳孔の対光反射の消失および散瞳,眼圧の低下,上位の皮膚の蒼白化と下位になった部位への死斑の出現,筋肉の弛緩後に現れる死体硬直rigor mortis,皮膚や口唇粘膜などの乾燥,角膜の混濁,死体の冷却がある。死亡時に散大した瞳孔は,死後1~2時間で直径5mmくらいになる。一方,血液循環の停止に伴い血液が重力により死体の下位に移動するため,上位の皮膚は蒼白となり,下位の非圧迫部の皮膚は血液の色で斑状に着色する。この着色を死斑という。一般に,死斑は死後30分くらいから現れ,2~3時間で明らかとなり,半日で完成する。しかし1日以内であれば圧迫すると消散し,その後は赤血球の崩壊によりヘモグロビン血管壁や血管周囲に浸潤するため,圧迫によっても消えなくなる。
筋肉は死亡直後に弛緩するが,その後硬化し,各関節を曲げたり伸ばしたりすることが困難となる。この現象を死体硬直とか死硬直あるいは死後硬直という。死体硬直は骨格筋だけでなく,平滑筋にも現れ,腸管や心臓にもみられる。死体硬直は死後2時間前後で下顎に現れ,体幹から上肢,下肢へと発現し,半日で完成する。死後2~4日持続し,発現した順に腐敗や自家融解によって解ける。死体硬直の完成前に関節を動かして死体硬直を解いた場合は,再び死体硬直が現れるが,死体硬直の完成後に解くと,再び現れることはない。刃物,頭髪,草などを握り締めていることがあるが,これは即時性あるいは即発性死体硬直によるもので,筋肉が死亡時に緊張していた場合に現れ,弛緩が起こらず,そのまま死体硬直に移行するためである。
乾燥しやすい部分は,口唇,陰囊,表皮剝脱(はくだつ)や圧痕部の皮膚で,乾燥すると革のように硬化するため,革皮様化という。開眼していると角膜も乾燥し,表面に微細なしわができ,瞳孔の透視が困難となる。乾燥とは別に角膜の混濁があり,閉眼時では半日でわずかな混濁が現れ,1日で瞳孔の透視が困難となり,2日でまったく透視できなくなる。死体の冷却は死体温が環境温度まで低下することで,死体温は直腸内温度で示される。健康成人では37℃前後であるが,約1日で周囲の温度まで低下する。これらの死体現象のうち死の確徴は死斑と死体硬直で,他の現象は疾病などで生存中にも現れうる。死後経過時間の推定には,死斑や死体硬直の発現状態,角膜の混濁度,直腸内温度の下降度がよく利用される。
早期死体現象の後に現れ,自家融解(自己消化)と腐敗がある。自家融解は組織中の酵素によって組織が融解されることで,赤血球の崩壊,ヘモグロビンや胆汁色素の浸潤,胃液による胃壁の消化や穿孔(せんこう),臓器の軟化融解,母体内で死亡した胎児の浸軟がある。腐敗は細菌による組織の分解で,腐敗ガスといわれる硫化水素,メタン,水素,窒素,炭酸ガスなどが産生される。死体は自家融解と腐敗によって分解,融解され,ついには白骨となる。死後2日くらいから腐敗色といわれる汚い淡緑色の着色が下腹部の皮膚にみられるようになるが,腸内容物や組織の腐敗によって産生された硫化水素とヘモグロビンによって生じる硫化ヘモグロビンの色である。死後3~4日もすると,腐敗による水疱が形成され,皮下の静脈周囲に浸潤したヘモグロビンによる樹枝状の着色がみられるようになる。さらに腐敗が進行すると,腐敗ガスのため巨人様化し,水底に沈んでいた死体は浮上し,妊娠女性死体では腹腔内圧の上昇により子宮が反転脱出して胎児が娩出される。この現象を棺内分娩という。この腐敗現象は,空気中1週間の腐敗は水中2週間,土中8週間に相当し,この法則を〈カスパーの法則〉という。
死体の分解は動物による損壊によって促進され,ハエうじによって2週間で白骨化したり,水中の小動物によって露出部が1日で白骨化することがある。白骨も,空中では10年もすると風化されはじめ,長年月を経て崩壊消失する。これらの死体現象は,夏では促進され,冬では遅延する。
異常死体現象は,死体が特殊な環境に置かれた場合,通常の腐敗現象が現れなかったり,途中で停止し,長期間にわたり死亡時の状態を保つもので,永久死体といわれる現象である。これには,乾燥によって生じるミイラ,湿潤した空気の遮断された環境で生じる腐ったチーズ様あるいはセッコウ様となる死蠟(しろう),およびミイラとも死蠟とも違う第三永久死体といわれるものがある。ミイラ化は腐敗の途中で生じる場合がほとんどで,小児では2週間,大人では3ヵ月以上を要する。死蠟化はふつう1ヵ月で部分的に形成され,1~2年で全身に及ぶ。第三永久死体はきわめてまれなものであり,日本では東北地方で1体発見されているにすぎない。
→異常死体
執筆者:小嶋 亨
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死体現象とは、死体に現れる現象のすべてを意味し、一般的には、早期死体現象、晩期死体現象、および特殊な死体現象に分けられる。しかし、早期と晩期の境界は、死後経過時間によって明確に区別されているわけではないし、また、この分類も国によって多少異なっている。わが国で早期死体現象というと、体温の降下、死体硬直、血液就下(しゅうか)(死斑(しはん))、死体の乾燥などがあり、晩期死体現象には、自家融解(自己のもっている酵素による細胞の分解)、腐敗、動物による損壊、風化、白骨化などが含まれる。前者は、死後早く現れる現象であり、後者は、死後遅く現れる現象として区別できるが、後者はむしろ、死体の崩壊を示す現象のすべてと考えるべきである。したがって、これには自家融解のようにかなり早くから始まる現象も含まれているわけである。こうした死体現象は、いずれも死後経過時間を推定するための根拠として法医学的にはきわめて重要であるが、一般的には、死体の内的・外的条件に左右され、一定の変化を示すとは限らない。とくに、死後遅く現れる現象ほどその傾向が強く、精確な死後経過時間の推定はむずかしくなる。また、腐敗による死体の変化には刮目(かつもく)するものがあり、腐敗臭を放ち、腐敗ガスで膨れ上がり(巨人様観という)、いわゆる赤鬼や青鬼のようになって生前のおもかげなどはまったく消失する。さらに動物による損壊、とくにウジの蚕食が加わると死体は急速に崩壊し、早ければ成人屍(し)が10日間くらいで白骨化する。
なお、特殊な死体現象とは、一般の分解がおこらないために死体がその原形を保つ場合で、代表例はミイラと屍蝋(しろう)化死体である。これを永久死体という。
[古川理孝]
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…血液循環の停止により,血液が重力の作用で死体の下位になった部分に移動(この移動を血液就下という)して,非圧迫部の皮膚が血液の色によって斑状に着色することで,死体現象の一つである。死斑は死後30分くらいから発現し,2~3時間で著しくなり,半日で完成する。…
…死体が水中や湿潤な土中に置かれ,空気が遮断された状態において生じる異常死体現象。死蠟のうち軟らかいものは腐ったチーズ様であり,硬いものはもろいセッコウ(石膏)様で,いずれもかび臭い。…
…ところが,この死亡時期の判定は,法医鑑定上,最もむずかしい事項でもある。死亡と同時に,人体では諸種の死後変化(死体現象)がスタートする。この変化は,一般に時間経過とともに度合を強める。…
… 永久死体の一つである死蠟(しろう)が,湿潤した場所で空気が遮断された環境でできるのに対し,ミイラは乾燥によってできる。すなわち,死亡した後,死体現象のうちの自家融解や腐敗による崩壊が進行する前に,急速な乾燥が起こるとミイラができる。死体の水分が50%以下になると細菌の増殖が著しく阻止され,腐敗の進行が停止するといわれ,高温で乾燥した場所や風通しのよい場所,吸湿性のよい砂や土の上に置かれた死体ではミイラになりやすい。…
※「死体現象」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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