気多御子神社(読み)けたみこじんじや

日本歴史地名大系 「気多御子神社」の解説

気多御子神社
けたみこじんじや

[現在地名]小松市額見町

額見ぬかみ町の東方にあり、祭神は気多神社の御子神と大己貴神。旧郷社。創祀年代は不詳であるが、近世以降神明宮とよばれ、白山社も合祀していたため二社ともいわれた。明治六年(一八七三)額見社と改められ、同一二年気多御子神社と改称された。「延喜式」神名帳に記される江沼郡の一一座の一つ気多御子神社に比定されるが、一般には式内社としての気多御子神社の所在は不詳。「朝野群載」巻六所収の承暦四年(一〇八〇)六月一〇日の神祇官奏によれば、御体御卜により神祇官は使を北陸など三道の諸社に遣わし、社司に中祓を課すことなどを奏上しているが、そのなかに気多御子神社が含まれている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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