水野 くら子
ミズノ クラコ
昭和期の宗教家 金照教会教主。
- 生年
- 大正8(1919)年12月1日
- 没年
- 平成1(1989)年2月2日
- 出生地
- 広島県豊田郡南方村
- 学歴〔年〕
- 日本女子大学校〔昭和15年〕卒
- 経歴
- 昭和4年伯母で金照教会(神ながら教)教祖・水野房の養女となる。日本女子大学や麻布の神道学院で学んだのち中国・大連で金照教会教師を務め、大いに養母を助けた。太平洋戦争後に帰国し、名古屋に教団本部を建設。29年には同教会の二代目教主に就任し、45年養母の没後は教団の指導者として布教活動に力を注いだ。その一方で新宗教連合理事などを歴任。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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水野くら子 みずの-くらこ
1919-1989 昭和時代の宗教家。
大正8年12月1日生まれ。伯母水野房の養女。金照教会(神(かん)ながら教)の教師として大連で伯母の教祖を補佐。一時東京麻布の神道学院でまなぶ。戦後引き揚げ,昭和29年2代教主,45年教団指導者となり,布教につとめた。平成元年2月2日死去。69歳。広島県出身。日本女子大卒。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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