キリスト教、イスラム教、仏教というような宗教もしくは宗教集団を創始した信仰上の指導者を教祖という。さらに広くは、それぞれの主要宗教から分立した宗派の開設者を含めて教祖と定義する場合が多い。すなわち広義として、教祖のほかに、創始者、始祖、開祖、祖師、宗祖などもこの定義のなかに含まれる。なお一般に宗教組織論では、自然発生的に現れ、当の社会制度と一体となっている宗教組織を合致集団、自然宗教とよぶのに対し、教祖によって開かれ、特定の教義・信仰の維持を目的として、教祖の下に信徒が集まった宗教を創唱集団、啓示宗教などとよぶ。
[井門富二夫]
教祖は、超越的存在すなわち神や真理などを自己の信仰体験のうちにとらえ、そういう信仰対象と信徒の間にたって仲介者として超越者の意志について解説し(啓示を語りもしくは預言し)、また超越者の権威において、特殊な霊能(カリスマ)を発揮して老病死苦をめぐる信徒の苦悩を救済する。またその信仰に魅せられて集まる信徒を指導して布教に向かわせるなどの、強烈な人格的魅力や指導力を発揮することが多い。しかし新しい宗教創始期に教祖によって、ただちに教義の体系化が行われるようなことは不可能に近く、多くの場合、教祖の信仰体験は彼の言行録の形で残されるものである。代表的にはイエス・キリストの言行をのちに彼の使徒たちが『新約聖書』に編纂(へんさん)したように、教祖没後に教典や教義が体系づけられる例が一般的である。またわが国の多くの新宗教のように、一種の霊能者、シャーマン、生神としてその信仰体験を語る教祖と、こういう霊能者を助けて教義の体系化や組織の整備を図る組織者が、別々にしかし同時に存在する例もあり、この場合、両者をともに創始者の意味で教祖とよぶ教団が多い。大本(おおもと)教の出口ナオ、出口王仁三郎(おにさぶろう)や、立正佼成会(りっしょうこうせいかい)の長沼妙佼(ながぬまみょうこう)と庭野日敬(にわのにっきょう)らが、この例にあたる。また新宗教の創始者としての教祖は、為政者と結び付いて、社会秩序の支柱となっている宗教伝統や正統教会と対立したり、それを批判したりしながら、新しい信仰の布教にあたるのが常で、そのため多くの教祖や始祖が殉教している。
[井門富二夫]
世界の代表的な高等宗教の教祖としては、古代自然宗教のヒンドゥー教を批判しつつ現れた仏教の創唱者ゴータマ・ブッダ(釈迦(しゃか))、民族宗教ユダヤ教から分離して世界宗教に展開したキリスト教のイエス・キリスト、同じ宗教潮流から派生したイスラムのムハンマド(マホメット)、中国の古代祭祀(さいし)から高度の宗教的倫理体系となった儒教の孔子、同じく道教の老子、などのように数多くの聖人をあげることができる。しかし今日では彼らの大半は後継者により神格化、神話化されて、一信仰の創始者というよりはむしろ信仰の対象となってしまっている。以上のような多様な世界宗教や高等宗教が各地に広がってのち、それぞれの盛衰の過程に現れた分派指導者、中興の祖、宗教改革者、新興教派創立者、修道会開設者などなども、それぞれの組織の始祖として、また特殊な異能をもつ指導者として、一般には教祖とみなされるようになっている。このような広義の観点にたてば、宗教改革ののちにプロテスタント各派を組織したルターやカルバンも教祖とみることができる。近い例としては、中国を経て伝わり、わが国の原始的自然宗教と融合しつつ、独自の形態的発展を遂げた日本仏教にも、その伝統から分離した多くの教派が独立し、それぞれに教祖的存在をもつに至っている。天台(てんだい)宗の最澄(さいちょう)、真言(しんごん)宗の空海(くうかい)、浄土(じょうど)宗の法然(ほうねん)(源空(げんくう))、真(しん)宗の親鸞(しんらん)、臨済(りんざい)宗の栄西(えいさい)、曹洞(そうとう)宗の道元(どうげん)、日蓮(にちれん)宗の日蓮などがそれにあたるが、時がたつとともに彼らも教祖、始祖というよりは礼拝(らいはい)対象として神格化されるに至っている。
[井門富二夫]
しかし常識的には、既成の宗教伝統のみならず既存の社会秩序に背いて、個々人の信仰体験を重視しつつ、庶民的な救済を説く新しい宗教の創始者のみを教祖とみることもできる。この解釈にたてば、わが国では幕末や第二次世界大戦終結時などの社会流動期に、「世直し」をうたって社会の大勢に反抗しつつ生まれてきた数多くの新宗教の生神的指導者こそ、教祖とよばれるべき存在であろう(新宗教運動)。天理教の中山みき、金光(こんこう)教の川手文治郎(金光大神)、蓮門(れんもん)教の島村美津(みつ)(1831―1914)らが幕末から明治にかけて現れ、大正から戦前の昭和時代にかけて、大本教の出口ナオ、生長の家の谷口雅春(まさはる)、創価学会の牧口常三郎、世界救世教の岡田茂吉(もきち)、ひとのみち(現在のパーフェクト リバティー教団)の御木徳一(みきとくはる)、霊友会の小谷喜美(こたにきみ)、円応(えんのう)教の深田千代子らが活躍した。こういう教祖の多くは前述のように生神的霊能者で、教団組織者は別にいたが、彼らを助ける組織者を欠いた明治期の蓮門教、第二次世界大戦終結期の璽宇(じう)教(長岡良子、璽光尊)などは、教祖の霊能力にかかわらず短期間に衰退してしまった。
[井門富二夫]
『佐木秋夫他著『教祖――庶民の神々』(1955・青木書店)』▽『岸本英夫編『世界の宗教』(1965・大明堂)』▽『村上重良著『近代民衆宗教史の研究』(1963・法蔵館)』▽『村上重良著『教祖――近代日本の宗教改革者たち』(1975・読売新聞社)』▽『井上順孝他著『新宗教研究調査ハンドブック』(1981・雄山閣)』▽『松野純孝編『新宗教辞典』(1984・東京堂)』
宗教や宗派の創始者。開祖,宗祖などともいう。大宗教では仏教の仏陀,キリスト教のイエス・キリスト,イスラムのムハンマド(マホメット)などがあげられるが,分裂によって枝分れした小宗派の指導者をいう場合もある。教祖は一般に,人生的な苦難を経験して,超越者(神や仏)の啓示によって救済の確信を得,入信者を組織して教団を形成する。類型的にいえば教祖には,人類や世界の運命を告知する〈預言者型〉,社会や既成宗教の変革を求める〈改革者型〉,病気治療や卜占に霊能を発揮する〈シャーマン(呪医)型〉があげられるが,多くの場合教祖はそのうちの二つないし三つの段階を経験している。また教祖のほとんどは全くの単独者もしくは小集団の長として活動を開始し,社会や国家による迫害を受けるのが常であった。彼らはしばしば犯罪者または社会的規範からの逸脱者としての烙印を押されたが,やがてその烙印を主体的にうけとめ,アウトサイダーとしての役割に積極的に生きることを通して人々の信頼をかち得ていった。
日本では,仏教の各宗派の開祖はすべて教祖型の人物であるが,幕末維新期以降に形成された新宗教の教祖としては,習合神道系では黒住教の黒住宗忠,天理教の中山みき,金光教の川手文治郎,大本教の出口なお,また法華(日蓮)系では本門仏立宗の長松日扇,近くは霊友会の小谷喜美,立正佼正会の長沼妙佼などがあげられる。これらの教祖の多くはその初期においては病気直しによって信者を獲得し,やがて世直しの主張を前面に押していくという点で共通していた。また上記したところからわかるように新宗教においては女性が教祖となる場合が多いが,それは初期の時点でシャマニスティックな神がかり体験をしていることと深いつながりがある。このような女性教祖の場合,男性の有能な組織者が補佐の任について教団の組織化,教義の体系化にあたるのが普通であり,彼らもまた教祖といわれる。たとえば大本教の出口王仁三郎,霊友会の久保角太郎,立正佼成会の庭野日敬などがそうである。
→カリスマ →祖師
執筆者:山折 哲雄
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