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水野元朗 みずの もとあきら

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

水野元朗 みずの-もとあきら

1692-1748 江戸時代中期の武士。
元禄(げんろく)5年生まれ。出羽(でわ)鶴岡藩(山形県)家老。荻生徂徠(おぎゅう-そらい)にまなび,藩内に徂徠学派の基礎をきずいた。「徂徠先生答問書」は徂徠が元朗と同藩士匹田九皐(きゅうこう)の問いにこたえた書簡集。間引き防止,義倉(ぎそう)の設置など,藩政につくした。延享5年7月9日死去。57歳。通称は勘解由,大膳。号は華陰。

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(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

水野元朗

没年:寛延1.7.9(1748.8.2)
生年:元禄5(1692)
江戸中期の庄内藩(山形県)藩士。のちの出羽庄内藩の藩校致道館に徂徠学をもたらした先駆者。庄内藩家老,市兵衛の長子。勘解由,大膳とも称した。享保16(1731)年中老,寛保2(1742)年家老に昇任。禄高1500石。はじめ朱子学を修めたが,のち荻生徂徠に傾倒し,10年に板行された「徂徠先生答問書」3巻の後半は,元朗の質問に対して徂徠が答えたものである。徂徠没後,太宰春台に師事し,『論語古訓外伝』など,春台の著書板行に多くの資金援助も行った。その学風は,庄内藩に受け継がれ,文化2(1805)年に完成する致道館の学統の基礎となっている。

(横山昭男)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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