水野勝岑(読み)みずの かつみね

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「水野勝岑」の解説

水野勝岑 みずの-かつみね

1697-1698 江戸時代前期の大名
元禄(げんろく)10年2月10日生まれ。水野勝種の7男。元禄10年備後(びんご)(広島県)福山藩主水野家5代となるが,11年5月5日2歳で病死跡継ぎがなく水野家は大名の地位をうしなうが,幕府はからい一門水野勝長能登(のと)(石川県)西谷(にしやち)藩主となった。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の水野勝岑の言及

【備後国】より

…三次藩は5代続いたが1720年(享保5)継嗣断絶のため廃止され,遺領は再び広島藩に還付された。 一方,福山藩主水野勝岑(かつみね)も1698年(元禄11)病死し,嗣子なく廃絶。所領は幕府領となり,山木与惣左衛門,曲淵(まがりぶち)市郎右衛門,宍倉(ししくら)与兵衛の3人が幕府代官として,福山城下続きの深津郡三吉村に陣屋を構えて支配した。…

※「水野勝岑」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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