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水野勝知 みずの かつとも

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

水野勝知 みずの-かつとも

1838-1919 幕末の大名。
天保(てんぽう)9年2月26日生まれ。陸奥(むつ)二本松藩(福島県)藩主丹羽長富の8男。水野勝任(かつとう)の養子となり,文久2年下総(しもうさ)結城(ゆうき)藩(茨城県)藩主水野家10代。戊辰(ぼしん)戦争に際しては幕府側にたち,新政府側の藩士がまもる結城城を攻めて占領したが,新政府軍の反撃に敗れ(結城戦争),隠居謹慎となった。大正8年4月22日死去。82歳。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

水野勝知

没年:大正8.4.22(1919)
生年:天保9.2.26(1838.3.21)
幕末の結城藩(茨城県)藩主。奥州二本松城主丹羽長富の8子。水野勝任の養子となり,文久2(1862)年藩主の座に就く。明治1(1868)年1月の鳥羽・伏見の戦ののち,江戸にあって新政府軍への抗戦を決意。だが結城の藩庁は義叔父勝寛を擁立して恭順方針を探ったため,3月15日彰義隊の援助を受け結城城を攻撃,占拠。4月5日,新政府軍に攻められ江戸に敗走。捕らえられ,隠居・謹慎の処分を受けた。戊辰戦争下の多くの藩には,新政府への抗戦派と恭順派の対立がみられるが,その典型的な例である。

(井上勲)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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