氷見村(読み)ひみむら

日本歴史地名大系 「氷見村」の解説

氷見村
ひみむら

[現在地名]西条市氷見

新居(にい)郡の最西端にあり、周布(しゆうふ)郡(現周桑郡)に隣接する。南に石鎚(いしづち)山脈の前山が東西に連なり、北は燧(ひうち)灘沿岸に向かって低平となり、新田地域が広がる。石鎚山脈に発する中山(なかやま)川が、村の南西から北流し、燧灘に注ぐ河口の東西に、干拓地が展開する。東西約一六町、南北一里四〇間余。

平地の中に独立した祭(まつり)ヶ岡(おか)丘陵の西端部に西大塚(にしのおおつか)、その東南に東大塚があり、この地方の大首長の古墳であったと推定される。西条市と周桑(しゆうそう)郡との境界に後期古墳の経塚古墳がある。

慶長六年(一六〇一)一一月、藤堂高虎が渡辺勘兵衛に与えた「知行方之目録」(南部文書)に「一、千弐百八拾四石四升 新居郡内氷見村」とある。正保二年(一六四五)坂元(さかもと)・楢木(ならのき)の両村を、同四年西泉(にしいずみ)村を、寛文二年(一六六二)野々市(ののいち)分をそれぞれ分村した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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