永井直輝(読み)ながい なおてる

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「永井直輝」の解説

永井直輝 ながい-なおてる

1827-1874 江戸時代後期の大名。
文政10年6月29日生まれ。永井直与(なおとも)の次男。天保(てんぽう)13年摂津高槻(たかつき)藩(大阪府)藩主永井家11代となる。悪化した藩財政をたてなおすため千人講を導入。ペリー来航のとき鉄砲の訓練を実施する一方,諸外国との通商・交易を提唱した。明治7年6月1日死去。48歳。通称は常次郎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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