永祥院(読み)えいしよういん

日本歴史地名大系 「永祥院」の解説

永祥院
えいしよういん

[現在地名]盛岡市材木町

材木ざいもく町中ほどの町の北東裏にある。水養山と号し、曹洞宗本尊釈迦如来。寺社修験本末支配之記(内史略)法光ほうこう(現青森県三戸郡名川町)末、報恩ほうおん寺支配とある。寺伝によれば、法光寺一〇世満室存芸が布教中に、岩手郡鵜飼うかい(現滝沢村)に一寺を建立して開山となり、二世守室玄秀の代の寛永年間(一六二四―四四)に盛岡城下の材木町に移転。その際、盛岡藩では報恩寺の支配下におこうとしたが、その命に服さなかったので、寺禄の拝領ができなかったという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む